アシュトン・アップルホワイト『エイジズムを乗り越える―自分と人を年齢で差別しないために』ころから
「高齢者は集団自決すればいい」のか?
国連「Healthy Ageing 50」の一人に選ばれたアシュトン・アップルホワイトが「年齢」による思い込みや偏見がフェイクであることを明かす!
文化に根ざした偏見にどう抗うのか「アクション」を示す!
そうして、エイジズムを乗り越えていくための一冊。
高齢化が「問題」として語られるのは、根っこにエイジズム=年齢差別があるからだ!
- 本書をめぐる著者とのQ&A
- 序章
- 第1章 エイジズムとは何
- 第2章 アイデンティティー 年齢と自我
- 第3章 脳、記憶を忘れること
- 第4章 からだ 若さでなく健康を
- 第5章 セックスと情愛 賞味期限なし
- 第6章 職場 まだ途中
- 第7章 自立の罠 長寿はチームスポーツ
- 第8章 晩年 雄牛が違って見える
- 第9章 年齢占拠! エイジズムを超えて
- 訳者あとがき
渡邉悟史, 芦田裕介, 北島義和ほか『オルタナティヴ地域社会学入門―「不気味なもの」から地域活性化を問いなおす』ナカニシヤ出版
「不気味なもの」を補助線に地域活性化の枠組みを問いなおし、まごつきながら農村・地域社会のリアルに迫る新たな地域社会学の入門書
- まえがき
- 序章 農村における住みづらさとは:地域活性化を問いなおす(芦田裕介・北島義和)
1 農村をめぐる状況
2 課題解決志向に対する違和感
3 地域活性化フレームとその問題点
4 不気味なものから考える農村 - 第一章 ヤマビル:コントロールできない生き物と出会う(渡邉悟史)
1 ヤマビルがやってきた
2 なぜヤマビルがやってきたのか
3 講演会にて:ファーストコンタクト
4 防護柵の後(ろ)で
5 駆除の現場
6 少し、たまに、世界が重なる、世界を重ねる - 第二章 空き家:地域社会の問題を顕在化させるモノと向き合う(芦田裕介)
1 空き家との遭遇
2 空き家を利活用する動き
3 地域住民にとっての「空き家問題」
4 空き家と向き合う実践
5 現代の農村に住まうこと - 第三章 観光・レクリエーション利用者:「招かれざる客」はいかに生まれてくるか(北島義和)
1 はじめに:ある湖の風景から
2 観光・レクリエーションと農村:活性化の切り札?
3 観光・レクリエーションをめぐる軋轢:北海道の事例から
4 観光・レクリエーションをめぐる経験:屈斜路湖周辺の事例から
5 おわりに:「うまいやり方」を越えて - 第四章 移住者:パッケージ化される農村移住(佐藤真弓)
1 はじめに:ある移住者の経験
2 農村移住のパッケージ化とは?
3 パッケージ化の方針:「あるべき農村移住」とは?
4 パッケージ化の諸次元:「あるべき農村移住」はどのように進められているのか?
5 パッケージ化のメリット・デメリット
6 「あるべき農村移住」の実態:期待される役割とそれへの対応
7 おわりに:「あるべき農村移住」の行方 - 第五章 不気味なもの:ホームに生きる人々の二重性の経験(渡邉悟史・北島義和・芦田裕介・金子祥之・佐藤真弓)
1 はじめに
2 不気味なものの増殖
3 不気味なものと故郷喪失
4 不気味なものの社会科学へ
5 ホームの集成と不気味なもの - 終章 まごつきながら反芻すること:地域活性化ではなく地域社会を考えるために(渡邉悟史)
- 本書をお使いの先生方へ
- あとがき
- 人名索引
- 事項索引
嶺秀樹『絶対無の思索へ―コンテクストの中の西田・田辺哲学』法政大学出版局
西洋哲学の伝統のみならず、当時最新の現象学の潮流とも対峙し、それらとは異なる論理で独自に思索した西田幾多郎と田辺元。絶対無、直観や経験、場所や時間といった主題群をめぐって二人の哲学者は何を共有し、どうすれ違ったのか。フッサール、ハイデガー、九鬼との関係も視野に収め、争点となった哲学的問題の数々を、固有の文脈のなかで丁寧に解きほぐす。全10章・補論3章の最新読解。
- はじめに
- 第一部 コンテクストの中の西田哲学
- 第一章 西田の場所の思想における叡智的なるもの
- 第二章 西田哲学とフッサールの現象学
- 第三章 西田とショーペンハウアー──美のイデアをめぐって
- 第四章 行為的直観とムーセの時空構造──西田の無の自覚的限定の立場から
- 第五章 永遠の今──西田幾多郎と九鬼周造
- 補論一 九鬼と形而上学の問題
- 第六章 存在の悲哀と無の慈しみ──自覚的経験から見た根本気分
- 第七章 ハイデガーと日本の哲学──西田のハイデガー批判
- 補論二 ハイデガーと東アジアの対話
- 補論三 経験の直接性と言語
- 第二部 コンテクストの中の田辺哲学──田辺の基本思想の展開
- 第八章 初期田辺の反省理論──西田批判の背景にあるもの
- 第九章 中期田辺の根本洞察──絶対弁証法の成立
- 第一〇章 田辺の後期哲学における歴史主義
- おわりに
- 索 引
小坂井敏晶『矛盾と創造―自らの問いを解くための方法論』祥伝社
考えるヒントを求める人へ
人間と社会を深い洞察で解き明かしてきた著者が、パリ第八大学でフランスの学生に説いてきた知のあり方、方法論。
創造を称揚する貧困な常識を捨て、もう一度考え直そう。
なぜ学ぶのか、なぜ知りたいのか。
- 第一章 創造性という偽問題
- 第二章 矛盾を解く型 同一性と変化をめぐって
- 第三章 主体虚構論の舞台裏
- 第四章 モスコヴィッシの贈り物
- 第五章 躊躇と覚醒
- 第六章 社会は制御可能か
- 終章 残された仕事
ジェームズ・エルキンス『なぜ美術は教えることができないのか―美術を学ぶ人のためのハンドブック』三元社
いかにして、美術を教えることができるのか。
「美術を教える」とは何か、何をいかにして教え、学んでいるのか、教師も学生も、ほとんど分かっていない。講評で使われる批評の言葉を手がかりに、美術の授業で「起こっていること」を記述することで、私たちが普遍と信じ、行い続けていることの意味を問い直す。
――「美術を教える」ことについて、誰も口にすることのなかった数々の事実を提示する。
- 序論
- 第1章 歴史
- 第2章 会話
- 第3章 理論
- 第4章 批評
- 第5章 提案
- 結論
- 訳者あとがきと解説
- 索引
- 註
山竹伸二『心理療法の精神史』創元社
「心が治るとは、どういうことか」
心理療法(サイコセラピー)の全史を追跡しながら、そこに共通する人間性と治癒の本質を「自由と承認の葛藤」の中に見る。
古代の呪術的治療から、精神分析、認知行動療法、ナラティヴ・セラピー、オープンダイアローグなど最前線の心理療法までを俯瞰し、背景にある哲学・思想との関連から鮮やかに描き出す〈心の治療が持つ意味を再考する心理療法史〉。
[図版多数]
- はじめに
- 第1部 心理療法史の全体像
- 第1章 古代から近代までの心理療法史
- 第2章 精神医学と臨床心理学の歴史
- 第2部 現代心理療法の多様な展開
- 第3章 無意識へのアプローチ――精神分析の歴史
- 第4章 フロイト以後の精神分析
- 第5章 実証科学からの挑戦――認知行動療法の展開
- 第6章 実存を問う心理療法
- 第7章 心理療法の最前線――家族療法から構成主義のセラピーへ
- 第3部 心理療法はどこへ向かうのか?
- 第8章 理論対立から統合へ
- 第9章 心理療法とは何か?
- 第10章 現代社会と心理療法の未来
- おわりに
- 人名索引
尹雄大『聞くこと、話すこと。―人が本当のことを口にするとき』大和書房
あなたと私の「違い」を丁寧に話したい。
「わかりやすく話そう」を突き詰めた結果、僕たちの会話はただの情報のやりとりに陥っていないだろうか。
上間陽子氏に、坂口恭平氏に、濱口竜介氏に、人が本当のことを口にする瞬間について聞いて考えたこと。
- 1 章 身体とその人の声
- 2 章 まだ語られていない声を聞くということ
- 3 章 あなたがあなたとして存在することを認める
- 4 章 死を願う言葉を身体で聞く
- 5 章 私とあなたのあいだにある言葉
comment